国立大学法人 九州大学では、Amazon Web Services(以下、AWS)をはじめとする外部サービスを積極的に活用し、公開Webサーバや教育情報システムのクラウド化を実現しています。その成果や課題について、情報統括本部 特任教授/名誉教授 藤村 直美氏、准教授 伊東 栄典氏、助教 笠原 義晃氏と、情報システム部の上田 将嗣氏、平川 新氏にお話を伺いました。(インタビュー実施:2018年1月11日)
藤村氏:九州大学では、2006年に当時の情報基盤センター長を中心に、今後の情報化について検討するワーキンググループを作りました。その結果、もう少し体制を強化しようという話になり、2007年より情報統括本部を新たに設置しました。当時はウイルス対策ソフトやOfficeソフトの調達を各部局で個別に行うなど、IT投資の面でも改善の余地が大きかったのですね。現在では、こうしたものを本部側に集約して最適化を図ると共に、全学ネットワークや全学基本メール、統合認証システム、ファイル共有システム、教育学習支援環境の構築・運用、並びにセキュリティ対策などの活動を行っています。
藤村氏:学内では1,000以上のWebサーバが稼働していますが、自前で運用するとなると、どうしても定期的なハードウェア更新や運用担当者の負担増加などの問題が生じます。その点、クラウドに移行すれば、こうした点に悩まされずに済む上に、リソースの増減などにも柔軟に対応できます。セキュリティについても、SINETのクラウド接続サービスを利用することで、大学内のネットワークと同じように扱えます。加えてAWSは世界的な事業者ですから、信頼性の面でも問題ないだろうと総合的に判断しました。
藤村氏:eラーニングプラットフォーム「Moodle」やeポートフォリオシステム「Mahara」などですね。これらは元々、基幹教育院が一年生向けに提供していたのですが、全学展開に伴って情報統括本部が運用を引き取り、パフォーマンスが足りなくならないようにAWSに移して増強し、ロードバランスの仕組みなども組み込んでいます。また、プログラミング言語教育用のホストコンピュータなども移行していますが、これらについてはソフトウェアとハードウェアのライフサイクルを分離できる点が大きいですね。自前でサーバを構築する方法だと、ソフトウェアには問題がないのに、ハードの保守切れで再構築を迫られるといった事態が生じますので。さらに現在では、学生用のVDI環境などもAWSで提供しているほか、学内の重要情報についてもクラウドでの保存・利用を認めています。
笠原氏:まだ決まったわけではないのですが、全学基本メールへの適用を検討中です。元々のこのサービスは、それまで学内で個別に運用されていたメールサーバを集約して、教職員・学生全員への緊急連絡などにも利用できるようにと作ったもの。大容量の添付ファイルが使えないことから、ファイル共有システム「Proself」と組み合わせて運用を行ってきました。しかし、そろそろ更新時期が迫っており、次期システムをどうするか考えなくてはいけない。同様の環境をまた自前で再構築するとかなりの費用が掛かりますので、既に導入済みの「Microsoft Office365」のメール機能である「Exchange Online」に切り替えた方が良いのではと議論しているところです。
伊東氏:最近ではいろいろと便利なサービスが登場していますので、各部局からもこうしたものを使いたいというニーズが強まっています。とはいえ、大学のオフィシャルな用途で利用するものには、やはり何らかのガイドラインが必要と考えました。ガイドラインのベースには、学認クラウド 導入支援サービスの「チェックリスト」を活用し、そこに本学独自の情報格付けを加えています。自分たちだけで一からガイドラインを作るとなると相当な労力が掛かりますので、チェックリストを参考にできたことは大変ありがたかったですね。2017年4月から運用を行っていますが、平均して月2件くらいの利用があります。
上田氏:各部局でのクラウド利用については、これまであまり実態が把握されていない面があったので、学内のITガバナンスをきちんと確保するという面でもガイドラインが役立っています。利用者側としても、こうしたものを活用することで、安心して外部のサービスを利用できるのではないでしょうか。ちなみに現在は、ビデオ会議やSaaS系サービスなどの利用が多いという印象ですね。
藤村氏:もちろんいろいろな声がありますが、基本的には情報統括本部でリーダーシップを取って方向性を決めるようにしています。ただし、こうした形で取り組みを進める上では、大学トップのコミットメントも重要ですね。幸い本学では、その点できちんと理解を得られていますので、特にクラウド化で困ったようなことはありません。
藤村氏:現在特に課題と感じているのが調達の問題です。AWSのリザーブドインスタンスのように固定的に運用できるものはいいのですが、VDIなど月額料金+使用時間で費用が決まるようなサービスは、なかなか従来の調達の枠組みに合わない。結局本学でも、結果的に役務扱いにして調達・導入することになりました。本来クラウドは、契約してから5分で使えるサービスのはずですが、政府調達の壁に阻まれてこうしたメリットが活かせないのが実情です。こうした状況は一刻も早く解消してもらいたいと強く望みますね。
伊東氏:法人カードが作れる大学は、先に作っておいた方が絶対便利でしょうね。いちいちリセラーなどに頼むと、その分時間と手数料なども掛かってしまいます。また、SaaSを使うのであれば、あまりあれこれやりたいと思わない方がベター。事業者が用意したサービスをそのまま使うのが結局一番早いですから。
笠原氏:メールのような割と枯れたサービスにしても、いざSaaSにしようと思うとあれができない、これができないということが出てきます。自前で提供していたのと全く同じ環境を実現するのは難しい面もあるので、あきらめることが許容できるかどうかというのがポイントになると思います。
平川氏:実運用の面では、クラウド事業者の独自用語でつまずくことが少なくありません。本学ではAWS以外にMicrosoft Azureも導入していますが、同様の機能に異なる表現が使われていたりします。これで結構時間を取られたりしますので、学認クラウド 導入支援サービスで用語集のようなものを用意してもらえると嬉しいですね。
藤村氏:クラウド自体に対する不安や懸念はありませんので、メリットが得られる分野については活用を今後も進めていきます。ただし、クラウドにすると逆に高くなるシステムもありますから。経済合理性についてはしっかりと見極めたい。また、様々な事態に対応できるよう、自前の技術力を維持しておくことも重要と考えています。